〈厚生労働省の新人がブラック労働で疲弊している中、新しい業績を形だけ出すためにおざなりの自殺対策をする〉という設定からして、だれも「人」のことを真面目に考えていないことが明白で、実にグロテスクです。これをソリッドな文章で書かれたら引き込まれざるを得ません。
いつもの遠野作品と同様、主人公は礼儀正しく優しく、それでいて他者への共感を欠いています。ただし今回は、主人公の側もまた共感なしにモノとして扱われる展開になります(ここは『浮遊』に近いかも)。「観察対象」として淡々と私生活を暴かれていく描写は鋭く、恐ろしいの一言。
しかし他方で、相手を細かく観察することはまた、相手の人となりを「知る」ことである、という逆説も示されており、ここが本作のポイントだと思いました。結局のところ主人公は恋人を、大事に思ってはいても、真剣に見てはおらず、だから恋人のことが究極的にわからないままです。
主人公は、恋人が何を好きかを知り、そしてそれを愛しく思っても、恋人がそれをなぜ好きなのか、どう好きなのかを深入りして知ろうとしません。その態度ゆえに、ゆるやかな崩壊の予兆があるのが物悲しい。たとえ愛があっても、見たいものだけ見ていればいいわけではないのでしょう。
一番最後の、「意識して・・・聴いていたわけではないから確かなことはいえない」(71頁)という文章が、物語全体を受けての余韻となります。月並みな言い方ですが、現代的な人間「関係」の歪さをシニカルに切り取った秀作だと思いました。遠野さんの次の作品も楽しみに待ちます!
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